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高松高等裁判所 昭和35年(う)83号 判決

控訴人 被告人 長井美実 外二名 弁護人 岡林靖 外一名

被告人十亀繁市の原審弁護人 白石近章

検察官 粂進

主文

原判決を破棄する。

被告人長井美実を懲役二年に

被告人山内長治郎同十亀繁市を各懲役一年に処する。

被告人三名に対し夫々本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審の訴訟費用は全部被告人三名の連帯負担とする。

本件公訴事実中往来妨害の点について被告人三名を免訴する。

理由

本件控訴の趣意は記録に編綴してある弁護人岡林靖名義及び弁護人藤井弘名義の各控訴趣意書並びに弁護人岡林靖同藤井弘名義の補充控訴趣意書に記載の通りであるからここにこれを引用する。

一、弁護人岡林靖の控訴趣意第一点及び弁護人藤井弘の控訴趣意第一点の一、二(同上両弁護人の補充控訴趣意書の記載を含む)について、

論旨はいずれも原判示爆発物取締罰則違反の事実につき先づ、本件「一の瀬橋」の取壊処分の権限は村長にあり被告人長井は村長の地位において而も村議会の協議会の賛成を得た上でその権限として村有財産たる橋を取壊す手段としてダイナマイトを使用したのであるから自己の財産を処分したのであり他人の財産を損壊したことに該らず、又被告人山内同十亀は村長の意思に従いその補佐として橋の取壊しに従事したのであるから被告人長井の場合と同様であつて、被告人等には他人の財産を破壊するとか権利者の意思に反して他人の財産を害するという関係になく、少なくとも被告人等にはそのような認識がなく、所詮被告人等には爆発物取締罰則第一条所定の目的がないのにこれありとした原判決は事実を誤認し法令の解釈適用を誤つた違法があるというにある。

よつて記録を精査し当審における事実取調の結果を勘案するに、原判決認定の通り被告人等がダイナマイトを使用して旧庄内村村有財産たる「一の瀬橋」及び同橋橋台を損壊したことは明らかであるが、右「一の瀬橋」はかねてより腐朽甚だしく車馬の積載制限次いで車馬の通行禁止等の危険防止の措置も採られ歩行者の通行さえ危険な程度に至つていたため地元河之内部落民を始め村民よりその橋架替を痛く要望されていたところ、当時庄内村は財政規模も小さく俄にこれが財源を捻出することが困難であつたところから、昭和二九年八月九日頃庄内村村議会終了後村長及び村議会議員約十六名(村議会議員の殆ど全員)によつて「一の瀬橋」対策についての協議会の開催された際、被告人長井が台風襲来時に人為的に橋を落下させておいて表面は台風災害によるものの如く做して国庫補助金を得て改修しようと提案し一同の賛同を得損壊作業は被告人山内長治郎等地元出身議員に任されたこと、当時庄内村では協議会というのは村会議員理事者議会の事務担当者等略村議会と同様の構成員よりなり言わば村議会に準ずるものとして取り扱われていたこと、被告人長井は村民は皆災害で橋が落ちることを期待し国庫負担金で橋を架け替えたいと望んでいると考えていたこと、されば村長である被告人長井は村の発達村の為という浅慮から国庫負担金を騙取して「一の瀬橋」を架け替えようと決意し、被告人山内同十亀は地元河之内部落出身の村議会議員であり前記協議会にも出席し又村長である被告人長井の指示にも従い、被告人等は三名共謀の上原判示の如く「一の瀬橋」及び同橋橋台を損壊したものであることを各認めることが出来る。凡そ燥発物取締罰則第一条に言う人の財産を害する目的で爆発物を使用するとは爆発物の使用を手段として他人(犯人以外の者)の財産を害するという結果招来を意図して爆発物を使用することを言い、他人の財産を害するとはその財産の権利者の意思に反して不法にこれを損壊するの意と解すべきところ、村有財産を処分するには地方自治法や条例に従い適法になさるべきことは言う迄もないところであり、果して当時地方自治法同法施行規程条例或は町村制等の解釈上本件「一の瀬橋」の処分権限が庄内村長にありや庄内村議会にありやは暫くおき、そのいずれにありとしても少くとも被告人長井の意図においては同人は村長の地位にもあり村議会議員の殆どが出席している協議会の全員の賛同も得ているのであるから前示の如き事情の下に前記の如き意図を以てする「一の瀬橋」の損壊であるならば村民の便宜を思つたものであつて権利者たる村の意思決定機関たる村議会の真実の意思にも反せず又村の最終的意思主体である村民全体の意向にも反しないものと信じてなしたものと認めるのが相当である。被告人長井が当審法廷において「協議会の了解があれば正式の議会に諮つたと同じ効力があると思う。もし異議があれば村長としても考えますが満場一致ならば効果に変りありません」と述べ又司法警察員に対し「一銭も私腹するという事でなく悪いことではあるが部落などの為にという感じ信念がその時強かつた」と述べているのは正に被告人の右認識を露呈しているものと言うべきである。況して被告人山内同十亀は村会議員として前記協議会に出席し村長たる被告人長井の指示に従つたのであるからその主観において権利者の意思に反して本件「一の瀬橋」を損壊するものであるという認識がなかつたことは言う迄もない。してみれば本件ダイナマイト使用はこれを手段として結果として村有財産である「一の瀬橋」の損壊という結果招来を意図したものであつたにしても被告人等において右損壊は権利者の意思に反してするという認識はなかつたものと認めるのが相当である。所詮、被告人等には爆発物取締罰則に言う人の財産を害する目的がなかつたものと言うべきであつて、原判決はこの点事実を誤認したに非ずんば法令の解釈適用を誤つたもので判決に影響を及ぼすこと明らかである。論旨は理由がある。

一、弁護人岡林靖の控訴趣意第二点及び弁護人藤井弘の控訴趣意第一点の三について。

論旨は原判示往来妨害罪については公訴の時効が完成しているから免訴の判決をなすべきであるというにある。

よつて按ずるに、凡そ想像上数罪の公訴時効はその最も重きに従い処断すべき罪の刑によりその完成を認めるべきであつて、原判決は往来妨害罪と爆発物取締罰則違反の罪とは刑法第五四条第一項前段の一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるとしているから其の最も重き爆発物取締罰則違反の罪の刑により時効の完成を認めるべく算数上公訴の時効が完成していないとしている原判決の見解には違法がないけれども、原判決に爆発物取締罰則違反の罪について前示の如き違法があり破棄さるべき以上往来妨害罪の公訴の時効についても又別途に考察すべきこと言う迄もない。

よつて弁護人等の爾余の控訴趣意につき判断をなす迄もなく原料決は刑事訴訟法第三九七条第三八二条第三八〇条によつてこれを破棄し同法第四〇〇条但書に則り当裁判所は更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人長井美実は昭和二二年から昭和二九年一二月末日迄愛媛県周桑郡庄内村(昭和三〇年一月一日近隣三村が合併し三芳町となる)の村長の職に就いていたもの、被告人山内長治郎は昭和二一年から被告人十亀繁市は昭和二六年からいずれも右合併前日迄旧庄内村村議会議員をしていたものであるが、旧庄内村大字河之内地内の通称大川(大明神川の上流)に架設されていた同村所有の木橋「一の瀬橋」は、腐朽し被告人等はその架替の為の財源の捻出に苦慮し、被告人三名は「一の瀬橋」を台風襲来時に人為的に損壊落下せしめておいて右台風災害により落橋したものの如く装つて公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法に基く国庫負担金を騙取することを共謀の上、昭和二九年九月一四日台風一二号が本土に接近上陸し旧庄内村地域においても激しい風雨に襲われた際右「一の瀬橋」及び同橋台を人為的に損壊した上同日午前九時頃被告人長井において右「一の瀬橋」附近において愛媛県丹原土木事務所長古茂田明に対し口頭を以て前示「一の瀬橋」は台風一二号による通称大川の増水と同橋東岸山際の灌漑用水路の氾濫により同橋石積橋台が洗い流され崩壊した為落下した旨虚偽の災害報告を為し、同人をしてその旨誤信させて愛媛県知事に対しその旨申達させ、同県知事を経由して建設大臣に対し情を知らない前記丹原土木事務所職員らをして所定の書類を作成させた上、手続の順序を前後し同月二四日に災害復旧事業費国庫負担申請手続を同月二七日に災害報告をなし同年一一月一六日頃前示現場等における災害査定(災害復旧事業費決定審査)の際、災害査定官武藤徳一に対し情を知らない前記古茂田明をして前示の趣旨の虚偽の説明をなさしめて同人をその旨誤信させて同人をして災害復旧事業費を一八二万四、〇〇〇円と査定させ、同年一二月二九日工事に着工、昭和三〇年三月一八日竣工の上、同月三一日これが成効認定検査を得、情を知らない(三村合併後の)三芳町長渡辺諸吉をして別紙一覧表のとおり愛媛県知事に対し国庫負担金の交付申請をさせ、支出負担行為担当官である愛媛県土木部長並びに支出官である同県出納長をしてそれぞれ支出負担行為並びに支出決議をさせ、因つて合計一二七万六、九一三円の公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法に基く国庫負担金をいずれも日本勧業銀行松山支店愛媛県信用農業協同組合連合会を経て三芳町農業協同組合の三芳町役場収入役長谷部[木賛]名義の当座領金に払込ませてこれを騙取し

たものである。

(証拠の標目)

一、被告人長井美実の検察官に対する昭和三三年五月一五日附供述調書

一、被告人山内長治郎の検察官に対する供述調書

一、被告人十亀繁市の検察官に対する供述調書四通

一、三芳町長渡辺諸吉作成の回答書

一、松山地方気象台長作成の回答書

一、司法警察員作成の実況見分調書

の他原判決(証拠の標目)の部5に掲記した各証拠と同一であるからここにこれを引用する。

(法令の適用)

被告人三名の判示所為は刑法第二四六条第一項第六〇条に該当するので所定刑期範囲内において被告人長井美実を懲役二年に同山内長治郎同十亀繁市を各懲役一年に処し、情状刑の執行を猶予するのを相当と認め同法第二五条を適用し被告人三名に対しいずれも本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し原審及び当審の訴訟費用につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文第一八二条を適用して全部被告人三名の連帯負担とする。

被告人三名に対する本件公訴事実中起訴状記載第一の公訴事実の要旨は

被告人三名が予ねて台風来襲の際「一の瀬橋」を人為的に落下させ罹災を装い災害復旧に名を藉り公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法に基く国庫負担金を騙取して同橋を改修することを共謀し昭和二九年九月一三日偶々一二号台風が来襲したのを奇貨とし右計画に基き被告人山内長治郎において山内森一外五名の人夫を雇い同日午後一一時頃より人力又はウインチ使用による同橋の破壊作業を行つたが、翌一四日払暁に至るも破壊されなかつたため、村有財産たる同橋を害する目的を以てダイナマイトを使用して同橋を破壊することを決意し、共謀の上同日午前七時頃被告人十亀繁市において山内森一外五名の人夫と共同して同橋東岸石積橋台下方三ケ所に鉄棒を以て穿孔し、各孔に岩石破壊用ダイナマイト四本(日本火薬製造新桐一本四五瓦)宛を装填し雷管導火線を使用し爆発させて同橋橋台及橋桁を破壊落下させ、以て往来妨害をなしたものである。

というにあるが、爆発物取締罰則違反の点については前記説示のとおり人の財産を害する目的を有していなかつたものと認めるべきであるから刑事訴訟法第三三六条によりこの点については被告人三名に対し無罪の言渡をなすべきところ、後記免訴を言渡すべき往来妨害罪と一個の行為にして二個の罪名にふれるものとして起訴されたものと認められるから特に主文において無罪の言渡をなさず、往来妨害の点については同所為は刑法第一二四条第一項の二年以下の懲役又は一万円(罰金等臨時措置法の適用の結果による)以下の罰金に該当する罪であるから右犯罪行為の終つた日より三年の期間を経過することにより公訴の時効は完成するところ、記録によれば被告人等が右所為をなしてより約三年一〇月を経過した昭和三三年八月七日に検察官から公訴の提起のあつたことが起訴状に明らかであるから右起訴当時には既に時効が完成したものと言うべく刑事訴訟法第三三七条第四号により被告人等に対し免訴の言渡をなすべきものとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 三野盛一 裁判官 伊東正七郎 裁判官 石井玄)

別紙一覧表〈省略〉

弁護人岡林靖の控訴趣意

第一、爆発物取締罰則違反を有罪とした原判決の認定は判決に影響を及ぼす事実誤認である。

(一)許可なくしてダイナマイトを使用する罪の刑は一年以下の懲役又は五万円以下の罰金若くはその併科(火薬類取締法第五九条)であり、ダイナマイトを使用して他人所有の橋を損壊し公共の危険を生ぜしめた罪の刑は一年以上十年以下の懲役である(刑法第一一七条第一一〇条)。然るにその使用が治安を妨げ又は人の身体財産を害せんとするの目的に出ずる場合は爆発物取締罰則第一条の罪となりその刑は死刑無期又は七年以上の懲役となる。右三犯罪の構成要件と法定刑を比較して見ると本罰則第一条違反罪の構成要件の重点は目的にあり、その目的は極力狭く厳格に解すべきであることが判る。本件の場合被告人らにはその目的がなかつた。上記目的中本件で問題となるは人の財産を害せんとする目的の有無だけであるが、被告人らには他人の財産を害せんとする目的はなかつたのである。本件一の瀬橋は被告人らには他人の物ではなかつた、少くとも被告人らには他人の物という認識がなかつた。又本件の場合この橋を毀すことは本罰則にいう害するという行為に該るものではなかつた。

(二)原判決認定のように「一の瀬橋は昭和二三年の架設で必要な通路であるが昭和二九年頃には腐朽し車馬の通行時には動揺甚しく床組にも多数の穴があいたため車馬の積載制限次いで車馬の通行禁止等の危険防止措置を採るの外なきに至つたばかりか歩行者の歩行さえ危険な程度に至つていた」即ち一日も早く取毀わして架替えねばならぬ状態に立至つていたのである。(以下更に原判決の認定要旨)「ために村民特に地元河之内部落民からしばしば架替の要望が村当局になされ村長及び村議会も架替の緊要なことを認め財源の捻出に苦慮していた、昭和二九年八月九日頃村議会議員十六名が一の瀬橋対策につき協議会を開き村長(被告人長井)から台風時に人為的に橋を落下させ台風災害と称して補助金を得て改修しようと提案し出席者一同これに賛成し台風の際人為的に損壊落下せしめること及び被告人山内、十亀ら地元村議会議員がその実行の任に当るべきことを決定していた」、そして本件一の瀬橋の破壊はダイナマイト使用の点を除き右決定に基き施行されたのである。以上の事実は原判決挙示の証拠により十分にこれを認めることができる。

(三)以上の事実関係であるから被告人らの所為には他人の財産を害する意思もなく、又その客観的事実もなかつた。被告人長井は村長として村有営造物たる一の瀬橋の管理及び村事務執行の権限があつた(地方自治法第一四九条)。村議会職員にはその橋の設置又は処分を議決する権限があつた(同法第九六条)。その両者が集合して村議会の協議会を開きその橋を損壊すべきことを決定した。その後村長たる被告人長井は村長の事務として村のために同橋を取毀したのだから、自己が管理権を有する村有物をその処分権を有する村議会の協議会の決定に基き村の代表者として執行処分したものであつて、他人の財産の損壊という関係にはならない。被告人山内と十亀は村長の意思に従いその執行の補助の仕事をしたのだから村長と同じ立場になる。少くとも被告人ら三名の前記協議会以降橋破壊までの認識は他人の財産の破壊にあらずして自己財産の破壊であつた。およそ他人の財産を害するということが罪となるのは侵害が権利者の意思に反するときでなければならない。権利者の意思に反しない場合は他人の建造物乃至器物を破壊しても損壊罪は成立しない。権利者の承諾が予想されておる場合は他人の住居に無断出入しても住居侵入罪とはならない。村の代表者で橋の管理者たる村長、橋の処分を決定する権限のあつた村議会議員一同(十六名は議員の全員である)、橋の存続に利害関係を有する村民らの全てが、架替の緊要性を認めその橋の取毀に賛成していたのだから、本件の場合その損壊は他人の物を害するという点で犯罪となる関係ではなかつた。器物損壊罪は成立しない関係にあつた。以上の事実関係であるから本件の橋破壊には他人の財産という関係も害するという関係もなかつた、即ち爆発物取締罰則第一条にいう目的はなかつた。従つて被告人らの所為は同罰則違反罪を構成しない。

(四)もし右罰則第一条は人の財産を害せんとする目的の場合でも単なる財産罪ではない個人法益保護に止まる規定ではないというならば、本件の如きは元来同条に触れるものではないと云わなければならない。何故ならば同条は治安を妨げんとする目的と人の財産を害せんとする目的を同列においておるのだから、そこにいう財産侵害は治安妨害に匹敵するほどのもの少くとも多少治安に響くほどのものと解すべきだからである。これを刑法第一一七条に比較して見てもダイナマイトで他人所有の橋を爆破しても公共の危険を生じなければ犯罪(同条の犯罪)にならない。公共の危険を生じた場合始めて成立する罪の刑も一年以上十年以下の懲役に止まる。本件の場合が死刑無期又は七年以上の懲役に該る犯罪となるとすると彼此の均衡は完全に失われる。それはとに角として本件の場合は仮りに橋は他人の財産に該るとしても損壊はその他人の意思に反しなかつた。公共の危険は勿論発生していない。従つて被告人らの本件ダイナマイト使用の所為は右罰則違反罪を構成せず(本件の橋は刑法第一〇八条第一〇九条第二六一条等の建造物に該らないから建造物損壊罪ともならず)火薬類取締法第五九条に触れるのみといわなければならない。(そしてその罪に付ては公訴時効が完成しておる。)

第二、本件往来妨害罪は本件起訴よりも約一年前の昭和三二年九月一四日公訴時効が完成しておるから、この罪につき免訴の言渡をなさなかつた原判決は事実誤認か法令適用の誤りで破棄されなければならない。

第三、原判決は量刑過重である。

(一)残るは詐欺罪のみだから原判決の刑期は甚しく過重である。

(二)次の情状により被告人らに対しては刑の執行を猶予さるべきである。(イ)一般普通の詐欺犯人と異り被告人らには自己利得の意思が毫末もなかつた。(ロ)ただに私慾がなかつたばかりではない。主観的には人命の損傷を避けるため村民のため公共の福祉のためぎせい的に動いたものであり、その主観は客観的にも一応無理からぬ状況にあつた。破壊直前の一の瀬橋は何時通行者の致死傷という事故が発生するかも知れぬというほど腐朽していた。その腐朽に原因して人の致死傷という事故が発生したら被告人長井は管理者として刑法第二一一条の刑責を問われるし村は民法第七一七条の責任を負わねばならぬ関係にあつた。そういう顧慮は別にしても村長としては勿論のこと村並に村民としても人の死傷という不祥事の発生は極力防止に努めなければならぬことであつた。だから架替は緊要だつたが村にはその費用がなかつた。借財するにも村には担保がなかつた(原審で官行造林県行造林のことが出ておるがそれは七ケ町村が共同で国又は県と契約しておるもので担保差入は許されない。)担保なしで借れる所は村農協だけだが其処からは既に借入れておるので所要資金(木橋で費用七、八十万円と予想していた)の借入は殆ど不可能だつた。それで当時の被告人らは浅薄にも人命の損傷を避けるためには補助金の詐欺も一応やむを得ないと考えた次第であつた。今考えると応急修理というような方法もあつたのだからその考え方は軽卒の咎を免れないが、被告人らの立場に身をおいて考えるとその動機には酌むべき点がある。(ハ)弁償の態勢はできておるというから終結までには弁償が完了することと思う。その暁には国家の損失は解消する、弁償金の出捐者は新らしい橋を得ておるから損害にはならない。(ニ)いずれももはや老令であるが前科はない、本件の特殊事情から考えてかかる人々が将来又罪を犯す虞ありとも思われない。(ホ)被告人長井は六一才で神経痛の持病があり、獄舎生活には堪えられない。なお家には九〇才の老母がある。被告人山内は腹部貫通の戦傷のため労働不能の身体でこれも獄舎生活には堪えられない。詐欺の共謀正犯という関係では被告人山内と十亀殊に被告人十亀は他の村議会議員と違わない。両名には別に幇助的実行行為があるが、それは村議会の協議会決定に基いた加功であり、共同謀議がなかつたら従犯にすぎなかつた訳だからこの両被告人を他の議員と比較にならぬほど重く責めるは全く甚しく余りに苛酷である。

弁護人藤井弘の控訴趣意

第一、原判決は第一事実として「被告人等は共謀の上……村有の木橋一の瀬橋を破壊落下させる目的を以て……(中間省略)……ダイナマイトを爆破させて一の瀬橋及び同橋台を損壊川中に落下させ以て往来の妨害をした」旨認定しこれに爆発物取締罰則第一条を適用したけれどもこれは事実の認定並に法令の解釈適用を誤つたもので判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れないと信ず。

一、爆発物取締罰則第一条によれば治安を妨げ人の身体財産を害せんとする目的を以て爆発物を使用した者及び之を使用せしめた者は死刑又は無期若くは七年以上の懲役に処すと定め刑法第百十七条に比較して極めて重い刑罰を以て臨み更に同罰則第二条以下に於て犯罪行為の種類や範囲を著しく拡げ重き法定刑を定めて居るのであるが、その理由は爆発物を使用する目的とその使用する物件が爆発物であるにより治安を撹乱し、社会公共に甚大なる危害を与える可能性が極めて大きいのでこれを厳重に取締ると共に違反者に対しては厳罰に処し以て公共の安全を確保せんとする趣旨である。明治十七年十二月一日参事院上申書「爆発物取締罰則説明」第一条に「……本則に於て最も悪みて痛く禁遏を加えんと欲する主眼は爆発物を使用する目的と使用する物品にあり……」と記載してあり爆発物使用の目的を特に重要視しているのである。刑法の解釈として一般の犯罪に於ては犯意は罪となるべき事実の認識を以て足りその犯罪を犯すに至つた目的動機の有無は法律問題としないのを原則とするが特殊の犯罪に於てはそれが犯罪の成立要件とせられているのである。これ即ち目的犯である。例えば暴動罪は朝憲紊乱を動機とすることによつて内乱罪となり、通貨の偽造文書偽造等は行使の目的を以てすることによつて偽造罪となり、爆発物取締罰則に於ては治安を妨げんの身体財産を害する目的を以て爆発物を使用することによつて違反となるのである。ところが被告人等には治安を妨げんとする目的のなかつたことは勿論人の身体財産を害せんとする目的意思は毫も認められない。被告人等がダイナマイトを使用して一の瀬橋を破壊するに至つた動機は原判決が冒頭に於て認定している如く一の瀬橋が著しく腐朽し車馬の通行時には動揺甚しく危険なので車馬の通行禁止をなし歩行者の通行さえ危険な程度に至り村民特に河之内部落民から旧庄内村当局に対し屡々架替の要望がなされ村長たりし被告人長井及び旧庄内村議会に於ても架替の緊要なることを認めていたがその財源がなく種々対策を協議した結果現状のまま放置するときは必ず人命に危険の生ずることを惧れむしろ台風の際災害によつて流失したものの如く装うて国庫補助金を得て橋を架替えるほかなしと決定し人車の通行の安全を確保し人の生命財産に対する危険の発生を予防する目的を以て一の瀬橋を爆破したのであつて本罰則第一条に定める如き治安を妨げ他人の身体財産に対し害を加えんとする目的意思は毫もなかつたのである。

二、原判決は一の瀬橋は村有の財産であり、被告人等はその村有の橋即ち他人の財産を破壊する目的を以てダイナマイトを使用し之を破壊したのであるから爆発物取締罰則第一条に違反すると解しているようである。然しながらこの事実認定と罰則の解釈は次の二点に於て誤つて居る。

(1) 一の瀬橋の旧庄内村有の財産であることは違いないけれども之を破壊することは被告人等の個人の意思によつて決定したものでないことは証拠上明白である。即ち原判決の冒頭にも認定して居る如く旧庄内村長たりし被告人長井及び旧庄内村議会に於ても一の瀬橋の架替の緊要であることを認めて居たが財源がないため苦慮し昭和二十九年八月九日頃旧庄内村役場に於て被告人長井村長及び被告人山内、同十亀等十六名の村会議員が集合して一の瀬橋の対策について協議会が開かれた際、村長及び出席議員全員一致の意見によつて台風の際一の瀬橋を破壊することを決定し被告人等はこの協議会の決定に基き、これを実行したのである。この協議会は村有財産の管理者である村長(被告人長井)及び村有の営造物の設置及び処分について議決権を有する被告人山内同十亀等村会議員十六名が集合して開かれ全員一致の意見によつて一の瀬橋を破壊することを決定したのであるからこれは村の意思決定であり村の意思によつて村有財産たる橋梁を損梁したのであつて他人の財産を破壊したことに該らないし、又被告人等としても他人の意思に反して他人の財産を破壊すると云う認識は少しもなかつたのである。それ故被告人等の所為はこの点に於て本罰則第一条の違反にならないと信ずる。

(2) 原判決は一の瀬橋を破壊落下させる目的を以てダイナマイトを使用し之を破壊したのであるから罰則第一条に違反すると解しているようである。然しながら同じく爆発物を以て橋梁を損壊しても刑法第百十七条によると火薬を破裂せしめて橋梁を損壊し因て公共の危険を生ぜしめた者は一年以上十年以下の懲役に処すと規定し爆発物取締罰則第一条によると治安を妨げ又は人の身体財産を害する目的を以て爆発物を使用した者は死刑又は無期若くは七年以上の懲役に処すと定めその構成要件と法定刑を著しく異にして居るのは後者の場合はその目的を重大視し斯る目的を以てするときは治安上重大な影響があるので厳罰に処せんとする法意と解されるのである。それ故本罰則は橋梁を破壊することについて特に治安を乱し又は他人の身体財産に対し危害を加える目的意思を必要としこの目的を以て橋梁を損壊した場合に限り適用すべき規定であり本件の如く治安を妨げ又は他人の財産に対し危害を加える意思なく、それとは反対に腐朽した橋を壊し新しき橋を架替え人の生命身体財産に対する危険を予防しその安全を確保せんとする目的を以てなしたる所為に対しては本罰則を適用すべきではないと信ずる。ただこの場合橋梁を損壊することに因つて公共の危険を生ぜしめたならば刑法百十七条の罪が成立するけれども本件に於ては公共の危険を生ぜしめたと認められる証拠は少しもなく却つてその地理的状況から観て何等公共の危険がなかつたこと明らかであるから被告人等の所為は刑法百十七条の罪にも該当せず精々火薬類取締法第五十九条第二十五条に違反するに過ぎないのである。(但しこの点は既に時効完成して居る。)

三、往来妨害の事実について

訴因第一の事実は爆発物取締罰則違反の点と往来妨害の点とを一個の行為にして数個の罪名に触れるものとして起訴されたものであるが前記の如く被告人等の所為が爆発物取締罰則の違反にならないとすると往来妨害の点はたとえ犯罪を構成するとしても既に時効が完成しているので免訴の判決となすべきである。

第二、原判決は量刑不当に重く破棄すべきものと思料する。

原判決は被告人等の所為を爆発物取締罰則第一条に違反すと認定した関係上被告人長井、同山内の両名を懲役四年に被告人十亀を懲役三年六月に処したのであるが前述の如く被告人等の所為が本罰則の違反とならないとすれば罪となるべき事実は詐欺の点のみであるからその犯罪の動機及び次に掲げる諸般の情状を考慮し被告人等を懲役の実刑に処するは重きに過ぎるを以て減刑の上適当な期間刑の執行を猶予すべきものと信ず。

(1) 被告人等の人物経歴 被告人長井は農業学校卒業後農業技術者として周桑郡内に於て長年に亘り農事指導に力をつくし終戦後昭和二十二年四月村民の信望を集めて旧庄内村長に就任し爾来約八年間村政の最高責任者として多大の功績を残し三芳町に合併と同時に退職しその手腕と人格は村民から厚く尊敬されて居る人物であり、被告人山内は昭和二十一年旧庄内村議会議員に当選以来約十三年間村会議員又は三芳町議会議員として地方自治のために献身尽瘁しその間旧庄内村議会副議長の要職に就いたこともあり村民から信頼されて居る人物であり、被告人十亀は洵に純朴な農民で村民の信望を得て昭和二十六年村会議員に当選し三芳町に合併されるまで約四年間村政のためにつくした功労者である。

(2) 被告人等には何等の私利私欲もなく只村のため村民の福祉増進を図らんとして本件所為に出でたるものにしてダイナマイトを以て橋を破壊することがまさか斯くの如き重き刑罰に処せられる違法行為とはつゆ知らなかつたのである。然るに五年以上経過した今日になつて予想もしなかつた重大犯人として責任を問われる気の毒な境遇に置かれ村民一同被告人等に対し痛く同情しその減刑方を嘆願して居る次第である。

(3) 国庫より受けた補助金についてはさきに三芳町議会に於て何時でも国庫に返還すべきことが議決されて居たのであるが近くその返還を実現することになつて居るので国庫に与えた損害も補填される筈である。

(4) 被告人等は未だ曽て刑事上の処分を受けたことなき善良な国民である。当時の情況を今静かに反省して自己の執つた措置が軽卒であつたことを衷心悔悟し尊き生涯に犯罪の汚名を残したことを考え日夜懊悩煩悶のうちに毎日を送つて居る情況である。斯る気の毒な被告人等に対し懲役の実刑を科することは洵に苛酷と言わねばならない。

第三、仮りに百歩を譲り被告人等の所為が爆発物取締罰則に違反するとしても刑法第三十七条第一項但書の過剰避難行為に該ると思料されるので法律上の減刑事由がある。

青野貞喜の司法警察員に対する供述調書、飯尾一の司法警察員に対する供述調書証人十亀芳三郎同竹田太郎同山内民三郎等に対する各証人尋問調書証人真部乙吉の原審公判に於ける証言等を綜合すると一の瀬橋は昭和二十七、八年頃からコロや橋桁の中央部が腐つて垂れ下つて居たので支柱を取付けたりして応急処置を施してあり風雨の際には河之内部落民は学童の通学に橋の所まで送り迎えをして居た状態であつたことが認められ、このまま放任して置いては何時人命に危険を生ずるかも知れない虞があり、若しも人命を失うが如き不祥事件を発生したときは橋の管理者である村長は勿論村会議員等村政の責任者は村民からその責任を追及されることは明らかである。当時この危険を憂慮した村民から早く一の瀬橋の架替をするよう要求されて居たけれども村当局としては村財政にその余裕がなく、多少の補修工事を施してもそれは一時を糊塗するに過ぎずその対策に窮した結果人命の危険を未然に防止するためには台風に乗じて橋を壊し災害による国庫補助を受けて新しい橋に架替えるほかなしと考え村長及び村会議員全員賛成の下に一の瀬橋を破壊することに決定し被告人等はこの決定に基き之を実行したのである。只破壊の方法としてダイナマイトを使用した点は今考えると稍行過ぎであつたと考えられるけれどもその当時の一の瀬橋の腐朽程度村の財政状態及び村政の責任者たる被告人等の立場上人の生命財産に対する危険の発生を未然に防ぐためやむを得ずしてなしたる措置であるから刑法第三十七条第一項但書の過剰避難行為に該当すと思料する、されば仮りに被告人等の所為が本罰則第一条に違反すとしても刑法第三十七条第一項但書によつて法律上の減刑をなしたる上前記諸般の情状を考慮して酌量減刑をなし適当な期間刑の執行を猶予すべきものと思料する。

(補充控訴趣意は省略する。)

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